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東京地方裁判所 昭和47年(刑わ)6467号 判決 1973年3月09日

主文

被告人両名をいずれも懲役二年に処する。

未決勾留日数中各一二〇日をそれぞれ右各本刑に算入する。

理由

(罪となるべき事実)

第一、被告人東條は、小学校を卒業後、親戚の農業の手伝い、工員などを経て成人し、昭和四一年前夫日向実と結婚したが、間もなく離婚し、その後、同四四年四月二八日現在の夫東條光一と再婚して、その後も間もない同年七月一五日長女秀子を出産し、同四七年一〇月ころから、茨城県行方郡潮来町大字潮来二六八番地山田アパートに、夫光一、長女秀子とともに居住していたもの、被告人黒木は、貧困の家庭に生まれ、丁稚奉公、土工などをして成人し、昭和四〇年三月一〇日大野せつ子と結婚したが、同女との間に子供が生まれないところから、千葉賀津子(昭和四〇年六月二六日生)を養女に迎え、肩書住居地に妻子とともに居住していたところ、同年八月中旬ころから、妻せつ子が帰省したまま帰宅せず、じ来、賀津子と二人で生活していたものである。被告人両名は、被告人東條の夫光一がかつて同黒木と同じ会社に勤めていたなどの事情もあり、かねてよりたがいに面識があつたが、その後、双方の転居等も重なつて、交際は一時中断していたところ、同四七年一〇月二三日茨城県鹿島町の小山病院で久方ぶりに偶然再会し、被告人黒木の運転する車で同東條の自宅へ赴きたがいの身の上を語り合うなどして旧交を暖めるうち、当時、被告人東條が夫と不仲であり、また、同黒木も、前記のとおり不便な別居生活をしていたところから、たちまち意気投合し、被告人東條は、即日、秀子を連れて同黒木方へ引き移り、同棲生活を始めた。同月二四、五日ころ、被告人両名はできうれば正規の婚姻手続きをとりたいと考え、再々佐原町役場や心配事相談所等へ足を運び、その手続きにつき相談する一方、たがいの結婚生活の障害になる秀子を施設へ預ける方策などを検討したが、施設が満員でしかも有料であるなどの理由から、これをあきらめざるを得なくなり、その措置に窮するに至つた。ところで、被告人東條は、秀子が容ぼう、性格まで夫光一に似ているとして日ごろから同女に対する愛着薄く、この際、同女を捨ててでも、同黒木との同棲生活を続けようという気持になり、同月二七日夜、同黒木と新婚旅行を兼ねて熱海方面へ旅行する話が出た際、その途中旅行のじやまになる同女をいずれかへ捨ててしまおうとの話を持ちかけ、同黒木も結局これに賛成し、ここに被告人両名は、右両名が共同して保護すべき責任のある同女(当時三年三月)を遺棄することを共謀し、翌二八日午後一一時ころ、被告人黒木が運転し、同東條が同乗する軽四輪貨物自動車に秀子を乗せ、当時七才の賀津子を一人自宅に残したまま、熱海方面へ出発し、国道五一号線、首都高速道路を経て東名高速道路に入つた。被告人東條は、翌二九日午前五時三〇分ころ、静岡県御殿場市神山先東名高速道路下り線東京起点92.2キロ付近において、同黒木が小用のため自車を停車させた際、秀子が目をさまして小用を訴えたのを機に、同女を同所に捨ててしまおうと考え、被告人黒木にその旨依頼したところ、同被告人においても、右意図を察知し、同女をだきかかえて停車場所から約二三〇メートル戻つた前記場所の路肩外側(のり面)で同女に小用させた後、これをその場に置き去りにして自車に戻り、そのまま自車を沼津方面に向けて発進させ、ここに被告人両名は、自らが共同して保護すべき責任のある幼者を共謀して遺棄し、

第二、被告人黒木は、公安委員会の運転免許を受けないで同日午後一〇時五〇分ころ、東京都中央区日本橋一丁目一番付近道路において、軽四輪貨物自動車を運転し

たものである。

(証拠の標目)

判示全事実を通じ<略>

判示第一の事実につき<略>

判示第二の事実につき

一、捜査報告書二通(昭和四七年一一月八日付および同年一二月一日付)

(なお、被告人黒木の弁護人山口進太郎は、同被告人には、被災者秀子を保護すべき責任はないから、刑法六五条二項の適用上、その科刑の限度は、同法二一七条所定の刑の限度に止まるべきである旨主張している。しかし、同法二一八条所定の保護責任者遺棄罪に、保護責任のない者が加功した場合に、右身分のない者の科刑の限度につき、同法六五条の適用があるかどうかの法律論は、ひとまずこれを措くとしても、判示のような事実関係のもとにおいて被告人東條と同棲関係に入つてすでに数日とはいえ共同生活を営んでいる同黒木は、右東條の連れ子である秀子に対し、条理上ないし社会通念上これを保護すべき責任を有するに至つたと解するのが相当である。ちなみに、右の判断にあたつては被告人両名の同棲が、弁護人の主張するような一時的な野合ではなく、同棲を開始した後の日こそ浅いが将来の婚姻を前提とした、いちおう永続的な関係であると考えられること、幼児を連れた女性が新たな男性と結婚したというだけでは、右幼児と男性との間には、法律上当然には親子関係を生じないけれども、右幼児を施設その他の第三者に預ける等特段の措置を講ずることなく、右幼児を含めて新たな共同生活を始めた場合においては、社会的にも、右夫婦と子供を含めた全体が一個の家族として扱われ、右幼児と男性との間の関係は、いわゆるまま父・まま子の関係として正規の親子関係に準じたものとみるのが一般であること等の諸点が参照されるべきである。現に、被告人黒木は、当公判廷において、自らも秀子を保護すべき責任があつたことを認めている。)

(弁護人の主張に対する判断)

被告人東條の弁護人築尾晃治は、被告人東條は、本件犯行当時、心神耗弱の状態にあつた旨主張している。同被告人が、幼少時軽い脳膜炎を患い、通常人に比しいささか知能の発達がおくれており(鈴木・ビネー式検査によるIQ検査の結果は五五である。)精神医学上いわゆる軽愚(魯鈍)の段階に属する精神薄弱者であること、小学校在学当時の成績も劣悪であつたこと等は弁護人の指摘するとおりであるが、同被告人は、その後三八才の今日に至るまで異性関係の面でいささかだらしがないとの点を除けば、社会生活上とくに問題となるような異常な行動をとつたことはなく、簡単な漢字を含め、社会生活上必要な読み書きもできること、本件犯行の動機についても、捜査公判の全般を通じ、常識上いちおう了解可能な供述をしており、右犯行の前後および犯行時の言動等に、責任能力の減弱を疑わせるような高度の異常を認めることができないこと、本件犯行が、元来高等な知能・知識ないし情操を有しなければその是非の判断の不可能なたぐいのものではなく、人倫の根本ともいうべき親子の情さえあれば容易にその是非を判断することの可能なものであること等、関係証拠上明らかな諸般の事情に照らして考察すると、同被告人が、本件犯行当時、自己の行動の是非善悪を弁別し、それに従つて自己の行動を抑制する能力に著しい障害の存する精神状態にはなかつたと認めるのが相当である。したがつて、同被告人の責任能力の減弱に関する同弁護人の主張は採用できない。

(法律の適用)

被告人両名の判示第一の所為は、刑法六〇条、二一八条一項に、同黒木の判示第二の所為は道路交通法六四条、一一八条一項一号に各該当するので、所定刑中判示第二の罪につき懲役刑を選択し、同黒木の判示第一、第二の各罪は、刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、但書、一〇条により、重い判示第一の罪の刑に法定の加重をした刑期範囲内で処断し、被告人両名を、所定刑期および処断刑期の範囲内でいずれも懲役二年に処し、刑法二一条に則り、未決勾留日数中各一二〇日をそれぞれ右各本刑に算入し、訴訟費用については、刑事訟費法一八一条一項但書を適用してその全部を被告人両名に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(木谷明)

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